2017-01-15

「なんで、芸人が、絵本作家に?」の問いの背景には深い社会の変化。キングコング西野さんの「魔法のコンパス」

キングコング西野さんの「魔法のコンパス」がとても面白い。

今月の「Discover Japan」をパラパラと手にとって見ていたところ、遅ればせながら、お笑い芸人のキングコング西野さんが絵本作家として大活躍していることを知った。(イタリアにおったタイミングとも結構重なっていたので、ほとんど遅れての認知なのですが、ネットやテレビでは大炎上らしいですね。)この表紙、「キングコングの西野じゃない?どうしてDiscover Japanに出てるの!?しかも表紙に。」とまさに読者の大半の人が思ったであろう驚きとともにパラパラと読み進めていくと、もう次には彼の本を楽天で注文していました(笑)一気にファンになった。ミーハーやなw

面白かったので、風呂にはいる時間も惜しく、とうとう湯船に浸かりながら読んでしまった。お陰でのぼせた。今日は寒かったから、日本酒の熱燗飲んでいたのだが、そんなこともとうに忘れて風呂につかって読んでしまった。ちょっと気持ち悪いです。


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芸人が、絵本作家に。それどころか、イベンター、校長、村長も。

絵本作家と聞いて、びっくりしていたのだが、それだけにとどまらない活躍ぶり。

例えば、昨年のハロウィンでの渋谷の町のゴミ問題を面白く解決しちゃおうという企画。もはや、社会問題解決的な活動。欧州なんかでは、「ソーシャル・デザイナー」とか言う表現をされてもおかしくない。

例えば、五輪エンブレムの「負けエンブレム展」。五輪エンブレム問題はさんざん議論されていたが、その「裏番組」的なことを仕掛けていたとは。しかも、その仕掛け方がとても「戦略的」。SNSを巧みに使いながら、自ら考えるアイディアのブラッシュアップと、駆け引き、更には「裏番組」の企画・運営。まさにエンターテイメント。この裏話を読んでいるだけでもワクワクします。

数々のネタを、クラウドファンディングやクラウドソーシングで実現。更には、「町を作る」という次なるチャレンジにも。

「肩書」に縛られて、思考や行動を制限しない。

「肩書」は、とても便利なものです。「芸人」という肩書は、テレビに出ていて、漫才やお笑いを演る人。コントをやったり。ああこういう人たちだよね、という共通認識が生まれます。話をする上ではとても便利なものです。

しかし、一方で、「肩書」は、社会的なコードとして機能するだけでなく、自分の思考・行動を制限しがち。

そこで、「なんで、芸人なのに、絵本を?」となるわけです。

しかし、今後の社会では、「肩書」が通用しなくなる、あるいは、「肩書」がなくなっていく世の中。あらゆる仕事がなくなっていく、と予想しているレポートはそこらじゅうにありますよね。もっとひどいことに、「資格さえ取れば、安泰だ!」と信じていた弁護士や会計士ですら、将来はなくなってしまうのではとされていたりもします。

「なんで、芸人が、絵本作家に?」という問いは、実はナンセンスかもしれません。この先の世の中。世の中を続けていて、それがどんどん早くなっているわけで、従来の枠の捉え方で、世の中を観ること自体が危なくなってきている。肩書は、わかりやすくもあるが、自分を縛るものでもある。

「なんで、グーグルが、自動運転車を?」

こう言っていたら、もう遅いんですよね。業界の垣根がどんどん変わっているのは、ビジネスの世界ではずっと叫ばれているし、そのスピードは早くなるばかり。それは「産業レベル」で起こっていた。

それが、「ヒトのレベル」でも起こっている。言われてみれば、当たり前の話。こういう世の中を生きているのです。僕たちは。

自分の人生を、どう考え、どう歩んでいくか。こういった問いを生きる上で、特に変革期にある今に大きなヒントをくれる一冊です。

Ciao ciao!


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